May 2015 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 »

分別

自宅から事務所に向かう細い道に 昭和の忘れ物のような

お地蔵さんが立っている

初めて見たときは かなり違和感があったが

もはや 日常の一コマになっている

早朝とか夕暮れ時に ここで手を合わせている年配の人を

何人か見かけたことがある

今朝 8時すぎ その前をいつものように歩いていたら

初老の女性が 立っていた

 

その服装 髪型 持ち物 挙動 気配で 

彼女が 手を合わせる目的で ここに居るのではないことを察した

彼女は お地蔵さんの脇に立つ 小さな賽銭箱に右手を伸ばした

その背面には小さな扉があって 閉まっているが鍵はついていない

 

彼女は 賽銭箱をのぞきこみ 指で小銭をかきだし

ジャンパーの右ポケットに入れた 

数百円だろうか 数十円かもしれない

一連の行為を終えて 振り返った彼女は

背後を歩く ボクの存在に気づき 目が合った

うつろな目が 少し大きくなったように感じた

 

彼女が視界に入った時点から ボクは 言葉を発する準備をしていた

「おいこら!」「何やってんや?」「それアカンやろ!」

そういう言葉が 数秒間ボクの頭の中を占拠した

彼女と目が合ったとき 今こそ その言葉を放つタイミングだ

と 強く意識した

でも ボクは何も 発しなかった(発することができなかった)

 

発する機会は 一瞬で消滅し 次の瞬間 ビリッと電気が身体を流れ

脈拍が 一気にあがるのを感じた

もしその人が 子供だったら 

ボクは その言葉を発したような気がする

あるいは青年でも オバサンでも オジサンでも 発したような気がする

 

ボクは なぜ言葉を発しなかったのか(発することができなかったのか)

おそらくそれが ボクという人間の 分別なのだと思う